麩屋町六角下がる和菓子の「温」でぜんざい食べた期間メニューなのでいまはないですインスタから借りましたここからは自分撮影かわいいおはぎそしてイートインの和菓子た…
『光る君へ』第16回について。 この回は定子サロンの華やかさが描かれましたが、公任らが中宮様と直に対面していました。公卿といえども、几帳越しではなかったのかし…
1週間おつかれさまっすラーメン大戦争でランチです辛い食べ物は正義おいおい今日は肉が薄いぜそれでも、うま自家製麺も、うま新人のバイトさんがういういしかったです頑…
先週、冷泉家で定家自筆の『顕注密勘』(古今和歌集の注釈書)が見つかったというニュースがTVも流れた。 冷泉家の現当主と何とかいう京都産大の教授がカメラの前で喋っていたが、何故か雛壇に並んでいた藤本孝一は紹介すらされなかった。 この写本学の碩学を無視するとは、本当に怪しからん連中である。 と言うか、報道の連中なんてのはその程度の「知識人」なのである(笑) 新型コロナが猛威を振るっていた頃は外出を避け...
父母から聞かされたこと 友だちが一人、いなくなるということ 【沙河36】
不安に過ごした夜が明けました。 父母の会話で、大体の事情は分かりましたが、はっきりと聞いたのはその日の夜のことでした。 そのとき、どのように感じたのかは覚えていません。 ただ、うまく説明のできない無力感があったように思います。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十六)③ 朝食を食べていると、父と母が小声で話していた。 「きっと、川に行ったんだろうって」 「下の子も、一緒らしい」 そんなことをいっていた。 教室での朝の会に、西森先生は少し遅れて来た。 何か心配事があるような顔をしていた。それでも先生は普段通りに授業を始めた。 朝はとても寒かった。通学路の脇の雑草が、霜で白くなっていた。それが、帰…
烏丸五条にきた時に自転車故障目の前に自転車屋さん、エイリンがあったから駆け込むと小1時間で修理できるというのでお願いしたその間ランチすることにしたカプリ食堂一…
「笹分けば人やとがめむいつとなく駒なつくめる森の木隠れ わづらはしさに」とて、立ちたまふを、 【これまでのあらすじ】桐壺帝の第二皇子として生まれた光源氏でした…
人や見つけむと苦しきを、女はさも思ひたらず、「君し来ば手なれの駒に刈り飼はむ盛り過ぎたる下葉なりとも」と言ふさま、こよなく色めきたり。【これまでのあらすじ】桐…
【臨済録を読む】示衆(2)「今日多般用處、欠少什麼。」(今日さまざまな現象として目に見えることには、なにも欠けたものなどいないのだ) ないもの探しの無意味さについて 原文と現代語訳
臨済録 原文全文 活き活きとした禅の言葉の奔流
【臨済録を読む】示衆(1)「師晚參示衆云」(師は晚參の時、衆に対して言った) 臨済の説法の根底にある態度について 原文と現代語訳
臨済慧照禅師塔記 あとがきとして「臨済録」より
行錄(22)「誰知吾正法眼藏、向這瞎驢邊滅卻」(吾の正法眼蔵が、この目の見えない驢馬のところで滅んでしまうとは)「臨済録」より
行錄(21)「勝即總勝、負即總負」(勝ったとしたらどちらも勝ち、負けたとしたらどちらも負け)「臨済録」より
行錄(20)「官不容針、私通車馬」(公には針をも通さずとも、裏では馬や車が勝手に通り抜けています)「臨済録」より
行錄(19)「祇圖踏破草鞋」(ただ草鞋をすり減らそうとしているだけです)「臨済録」より
行錄(18)「老僧祇與麼」(老僧はただこんなものだ)「臨済録」より
行錄(17)「一箭過西天」(一箭(矢)は西天に飛び去った)「臨済録」より
行錄(16)「作家禪客、宛爾不同」(なるほど一家をなした禅客は、他とは違う)「臨済録」より
行錄(15)「慈云、作麼」(大慈和尚が言った、なにを言っているのだ、と)「臨済録」より
行錄(14)「金牛昨夜遭塗炭、直至如今不見蹤」(金牛は昨夜炭で塗りつぶされてしまい、まったくその痕跡も見ることはできません)「臨済録」より
行錄(13)「不展鋒鋩、如何得勝」(切先を交えることなく、どのようにして勝ちを得られるでしょうか)「臨済録」より
行錄(12)「師云、佛祖俱不禮」(師は言った、仏祖ともに礼拝しない、と)「臨済録」より
「本ブログ」 カテゴリー一覧(参加人数順)