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日本史同好会〜オープンジャンル

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オープンジャンルで歴史を100倍楽しもう! さあ、あなたも「日本の歴史」の一コマを! 古今東西・老若男女・巧拙緻雑・・・みんな大歓迎!
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日本史同好会〜オープンジャンルの記事

1件〜100件

  • 【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」⑤二階堂行政・三善康信
    2022/06/28 00:03
    【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」⑤二階堂行政・三善康信

     二階堂行政は、生没年は、不明であるが、母は、源頼朝の母、由良御前の父の妹、即ち、由良御前の叔母である。 行政の父は、藤原南家乙麻呂流の工藤行遠で、行政である…

  • 【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」④中原親能
    2022/06/27 01:55
    【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」④中原親能

     中原親能は、1143年(康治二年)に、京の下級貴族、中原広季の息子として生まれた。 別説では、親能の実父は、参議の藤原光能で、母が、前・明法博士の中原広季の…

  • 【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」③大江広元
    2022/06/26 05:33
    【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」③大江広元

     大江広元は、1148年(久安四年)、京の下級貴族の家に生まれた。 出自は、諸説、存在し、藤原北家御子左流、藤原光能の息子で、母の再婚相手、中原広季に養育され…

  • 日本史の「怪人」24 その作風と絶倫なる熟年
    2022/06/25 05:20
    日本史の「怪人」24 その作風と絶倫なる熟年

    ○我と来て 遊べや 親のない雀  → 親とはぐれて一羽で遊ぶ寂しそうな子雀よ、同じように母を亡くした    私と一緒に遊ぼうじゃないか。 ○雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る  → 雀の子よ、早くそこをどかないとお馬さんに踏みつぶされてしまうよ。 ○やれ打つな 蠅…

  • 探検516 風船を背負った戦場エリート
    2022/06/24 06:48
    探検516 風船を背負った戦場エリート

    ~織田信長(1534-1582年)は、大将の馬の廻りに付き添って護衛・ 伝令・決戦兵力として働く親衛隊的な存在である「馬廻」などの 精鋭を赤・黒二色の「母衣衆(ほろしゅう)」として抜擢した~さらに、~その中でもとりわけ優秀な者については、部隊の指揮官にまで 昇進さ

  • 【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」②十三人の合議制
    2022/06/22 05:50
    【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」②十三人の合議制

     源頼家は、十八歳の若さとはいえ、父の頼朝に似ず、政治的に無能な、暗君であった。 御家人達が、「鎌倉殿」に求めるのは、特に土地問題の訴訟に関する、公正な裁判で…

  • 【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」①日本史上における源頼家
    2022/06/21 00:10
    【武都】章『鎌倉騒乱』編「源頼家」①日本史上における源頼家

     源頼家は、源頼朝の嫡男である。 頼朝には、伊東祐親の三女、八重姫との間に生まれた、長男の千鶴丸がいたが、生後、祐親に殺され、その存在が、知られていないため、…

  • 日本史の「逆転」26 血統復活で断捨離に走る
    2022/06/20 10:04
    日本史の「逆転」26 血統復活で断捨離に走る

    奈良時代の皇統は、 ○第38代・天智天皇(在位:668-671年) ○第39代・弘文天皇(在位:671-672年/明治新政府によって認定) のあとに立った天武天皇以下九代(八人)約百年間の歴代天皇方に対して、 「天武系」という表現を用いられることがあります。  具体的には以下の…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑫源頼朝の死
    2022/06/20 00:56
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑫源頼朝の死

     源頼朝は、娘の大姫の死後、なお、天皇の外戚になるとの野望を捨てなかった。 頼朝は、大姫に代わり、次女の三幡の入内を画策する。 そして、三幡は、女御の称号を与…

  • 探検515 人斬り半次郎の最期
    2022/06/19 12:48
    探検515 人斬り半次郎の最期

    「逆説の日本史 20幕末年代史編Ⅲ」の中で、著者・井沢元彦氏は佐久間象山(1811-1864年)の暗殺に触れ、こう書いています。 ~日本史上もっともテロが横行した幕末の文久から元治にかけても、 「人斬り」とまで呼ばれた人間は四人しかいない。 この「人斬り彦斎」こと熊

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  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑪建久七年の政変
    2022/06/19 06:01
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑪建久七年の政変

     1195年(建久六年)、源頼朝は、丹後局を招いて、政子及び、大姫と対面させた。 そして、丹後局に銀製の蒔絵の箱に砂金300両を納め、白綾30反等、数多くの派…

  • 日本史の「ライバル」10 ベストセラー日本地図
    2022/06/15 07:34
    日本史の「ライバル」10 ベストセラー日本地図

    江戸後期の1828年のこと、任期を終えたドイツ人医師・シーボルト (1796-1866年)の帰国のための船が、たまたま起こった暴風雨によって 難破し、そのために積み荷が調べられることになりました。 その際、持ち帰ろうとした帰国用の荷物のうちに伊能忠敬(1745-1818年) 作成の日本地図などを含む多くの禁制品のある…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑩丹後局
    2022/06/15 06:01
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑩丹後局

     父の源頼朝によって、源義高が、誅殺されたのは、大姫が、七歳の年であった。 大姫の心は、深く傷付き、その後、十数年を経ても、義高への思いに囚われたまま、床に伏…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑨大姫入内問題
    2022/06/14 00:05
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑨大姫入内問題

     1195年(建久六年)、源頼朝は、東大寺落慶供養のため、上洛し、政子、大姫、頼家等を同道させた。 東大寺は、近隣の興福寺と共に、1180年(治承四年)に、平…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑧源頼朝の子供達
    2022/06/13 00:49
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑧源頼朝の子供達

     源頼朝の最初の妻は、伊東祐親の三女、八重姫と言われる。 源頼朝は、平治の乱の後、伊豆国に流罪となり、同地の最大の豪族、伊東祐親に預けられ、その監視下に置かれ…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑦御門葉の消滅
    2022/06/11 00:06
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑦御門葉の消滅

     御門葉の内、足利義兼は、源頼朝の挙兵後、頼朝の許に馳せ参じ、源義高の討伐にて、戦功を挙げた。 その後、源範頼の率いる、平家追討軍に従軍すると、その功績によっ…

  • 田部神社と山の大神・路傍の神々に秘められた伝統信仰
    2022/06/10 18:37
    田部神社と山の大神・路傍の神々に秘められた伝統信仰

    神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します                              A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples

  • 日本史の「落胆」11 御用ッ!は虚構だってか
    2022/06/10 07:17
    日本史の「落胆」11 御用ッ!は虚構だってか

    たまたま観た古い時代劇に犯人逮捕のシーンが登場していました。 えぇ、六尺棒を持った大勢の捕り手たちが、取り囲んだ犯人を力ずくで取り 押さえる場面です。 その捕り手たちが携えていたのが、「御用」の文字が入った提灯でした。  そこで筆者はこう思ったわけです。 ~「御用」と記された提灯を掲げて犯人逮捕に臨んでいるのだから、この  大勢の捕り手…

  • 探検514 ニセ物で時代を動かした
    2022/06/10 07:15
    探検514 ニセ物で時代を動かした

    天皇の命令、さらにはそれを記した文書を意味する詔と勅には区別があって、厳密にはこうなるそうです。○詔 → 臨時の大事に用いる。○勅 → 尋常の小事に用いる。両方を合わせて「詔勅」という表現も用いられます。ところが、日本の歴史の中には「偽勅」「密勅」という

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑥御門葉の粛清
    2022/06/08 03:27
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑥御門葉の粛清

     源頼朝は、武家政権支配のため、源氏一門を「門葉」として、「御家人」の格上とした。 しかし、同時に、源氏一門は、源頼朝にとって、最大の脅威であった。 東国の武…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑤源頼朝と御門葉
    2022/06/06 00:34
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑤源頼朝と御門葉

     鎌倉殿の武家政権には、草創期、「門葉」の身分があった。 『吾妻鏡』には、甲斐源氏の板垣兼信が、頼朝に対して、自分は、御門葉であるのに御家人に過ぎない、土肥実…

  • 第2章 昭和後期  6 学歴差別(6) 藤原頼長
    2022/06/05 16:54
    第2章 昭和後期  6 学歴差別(6) 藤原頼長

    ~「追いつけ、追い越せ」 「私が勤めていた○○高校」~ 口ぐせのように何度も聞かされた言葉です。僕が高校1年生のときの教科担当の先生のお一人でした。 授業は上手とは言えませんが、結構楽しくて人気もありました。彼は前任校である○○高校から、僕たちが在学していた第一高校(仮称)に赴任してきたのです。 つまり、君たちの多くは第2、第3希望として入学してきたので第1希望の学校の生徒より学力が劣る。だから 「追...

  • 日本史の「女性」29 旅の仕度と当局の対応
    2022/06/05 08:52
    日本史の「女性」29 旅の仕度と当局の対応

    江戸時代において、人が商用や巡礼などの旅に出ようとする場合、 必需品されたもののひとつが「往来手形」でした。 いわゆる通行許可証兼身分証明書に当たるもので、現代なら海外旅行の 際に使う「パスポート」のイメージに近いのかもしれません。 そのように捉えれば、そうそう過去の遺物とは決めつけられない気もして、 ことのついでに、その「往来手形」の周辺についても、もう少し踏み…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」④源範頼の誅殺
    2022/06/04 00:04
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」④源範頼の誅殺

     曾我兄弟の仇討事件が、鎌倉に最初に報告された時、頼朝が、討たれたと誤報された。 北条政子が、夫の頼朝の死を嘆くと、源範頼は、「後には、それがしが控えておりま…

  • 探検513 大坂江戸間の情報新幹線
    2022/06/03 07:29
    探検513 大坂江戸間の情報新幹線

    ~殿中(江戸城内)において浅野長矩が吉良義央に刃傷に及ぶ~いわゆる「元禄赤穂事件」(1701年)の発端となった出来事ですが、この第一報は、当時の常識を打ち破る“驚異的なスピード”をもって、国許・赤穂まで届けられました。普通の旅行者なら概ね17日、飛脚なら8日をか

  • 【書評】日本人はパンデミックとどう戦ってきた?「感染症の日本史」を読む
    2022/06/01 19:57
    【書評】日本人はパンデミックとどう戦ってきた?「感染症の日本史」を読む

    数年に亘る自粛生活もすっかり慣れてしまった、という方も多い今日この頃。現代を生きる多くの日本人にとって、最も驚異的なパンデミックが発生したといえるでしょう。日本で最もよく知られている感染症の大流行は100年前のスペイン風邪ですね。平成の世で

  • 日本史の「列伝」19 幕府終焉と幕閣たちの最期
    2022/05/30 06:54
    日本史の「列伝」19 幕府終焉と幕閣たちの最期

    たまたまのこと、こんな説明に遭遇しました。 ~明治維新とは、日本史における政治的革命~ 「政治的革命」とされているからには、そのものズバリの「政治革命」とは ちょっと違うニュアンスが含まれているのでしょう。 ほんなら、その「政治的革命」なる出来事をわざわざ「維新」と呼び換える 理由は? 探ってみると、

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」③建久四年の常陸政変
    2022/05/30 00:27
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」③建久四年の常陸政変

     北条時政が、曽我兄弟を使って、源頼朝を殺害しようとしたとの説は、その後の二人の関係によって、否定されている。 しかし、陰謀は、確実に存在した。 曽我兄弟の仇…

  • 蛇と生命、その語源
    2022/05/30 00:10
    蛇と生命、その語源

    みたび、金関丈夫の『考古と古代――発掘から推理する』(法政大学出版局)から。この中の一章「十六島名称考」で、島根県の、十六島と書いて「ウップルイ」と読む地名の由来が考察されている。金関はその語源を朝鮮のほうに求めているのだが、話はほかの地名にも及んでおり、かつて壱岐に「於路布留」という地名があったが、読みは「オロプル」だったという推論を述べたあと、話題は蛇に転じる。壱岐の於路布留はオロプルだったとわかりましたが、このオロはまた、出雲に現われたヤマタのヲロチのヲロと共通かも知れません。いったい蛇には「ヘビ」「ハミ」「ハブ」の系統の名称の他に「チ」という名があり、水に住むものが「ミヅチ」(水の蛇、竜)、野にいるものが、「ノヅチ」(野の蛇、野槌)などといわれています。(中略)蛇の一名であるこの「チ」は、アルタイ語系の...蛇と生命、その語源

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」②曽我物語の背後
    2022/05/28 00:05
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」②曽我物語の背後

     1193年(建久四年)5月28日に、富士野の巻き狩りにおいて、曽我兄弟の仇討事件が、発生したことは、既に、詳述した。 父の河津祐通の仇、工藤祐隆を、曽我祐成…

  • 探検512 幽界熱血探究の神道家
    2022/05/27 07:20
    探検512 幽界熱血探究の神道家

    とある少年の特異な体験談(1820年頃)が世間の注目を集めていた。~オイラは、神仙界に自由に行き来できる不思議な老人(仙人?) と出会い、その老人に連れられてあっちこっちと飛行し、やがて 常陸の岩間山へ飛ぶや、その山中で四年間にわたって諸武術・ 書道・祈祷術

  • 日本史の「トホホ」35 尾張者のあぁ灯台下暗し
    2022/05/25 07:48
    日本史の「トホホ」35 尾張者のあぁ灯台下暗し

    たまたま名古屋城を訪ねる機会を得た筆者は、ひょっこりこんなことに 気が付いてしまいました。 ~尾張人でありながら、名古屋城なんてメッチャの久しぶりじゃん~ 折にふれ、取り上げられていた名古屋城敷地内の復元「本丸御殿」。 その一般公開が、何年も前の2018年にはすでに始まっていたのに、筆者の 訪問が…

  • 【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑰日本史上における源範頼
    2022/05/23 00:46
    【武都】章『天下草創』編「御門葉」⑰日本史上における源範頼

     繰り返しになるが、源義朝には、九人の息子がいた。 義平、朝長、頼朝、義門、希義、範頼、全成、義円、義経である。 長男の義平、次男の朝長は、平治の乱によって、…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑰曽我時致処刑
    2022/05/21 00:10
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑰曽我時致処刑

     源頼朝は、曽我時致の言葉を聞いて、「天晴れ、男子の手本よ。本当は、頼朝に恨みなど、抱いていないのに、見苦しい様を見せまいと思って、申したのであろう」と時致を…

  • 日本史の「災難」19 激甚火災あれこれ記
    2022/05/20 06:37
    日本史の「災難」19 激甚火災あれこれ記

    「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるように、江戸時代における 江戸の町は頻繁に大きな火災を経験しています。 この言葉は第四代将軍・徳川家綱時代の老中首座(大老)・酒井忠清 (1624-1681年)の発言がその語源とする説もあるようで、それによれば、 度重なる大火の発生にすっかりアタマにきちゃった老中・酒井が、

  • 探検520 義理と人情って公と私のこと
    2022/05/20 06:34
    探検520 義理と人情って公と私のこと

    日本人が大好きなお芝居ということなら、元禄赤穂事件をモデルにした「忠臣蔵」は必ずその上位にランクインすることだろうが、お芝居の方が有名になりすぎてしまい、史実の方はいささか影が薄い。それは、一般的には「殿中刃傷事件」(1701年)とその後に発生した「吉良邸討

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑯曽我時致尋問
    2022/05/16 00:17
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑯曽我時致尋問

     曽我時致が、五郎丸に捕まると、大見小平次が、祐成討死及び、時致生け捕りの報告に、頼朝の許に来た。 頼朝は、「その若造をお前に預ける」と命じ、小平次は、時致を…

  • 日本史の「発明発見」28 音声ビジュアル化の僧形
    2022/05/15 07:27
    日本史の「発明発見」28 音声ビジュアル化の僧形

    ネット徘徊をしていた折、ちょっと気になる像に遭遇してしまい、ついで のことにチョイとばかり深入りしてみました。 下の像がそれで、モデルの人物は「空也上人」と案内されています。 聞き覚えがあるようなないような、筆者にとっては微妙なお名前だったこと もあって、その「空也上人」のプロファイルから探ってみることにすると、

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑮曽我祐成討死
    2022/05/14 00:05
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑮曽我祐成討死

     混乱の中、「松明を付けて、投げ出せ」との声が飛び、松明及び、火の付いた、蓑、笠が、投げ出された。 白日の様に、明るくなった中を進み出たのが、伊豆国の御家人、…

  • 探検519 違うの?満年齢と数え年
    2022/05/13 17:29
    探検519 違うの?満年齢と数え年

    人間の年齢って、いつ加算されるのか?現代人と昔の人ではこの問題に対する回答はおそらく異なるであろうことを、若いヒメ隊員は理解できるかな。そう、言葉にすれば、「満年齢」を採用している現代に対し、明治以前は「数え年」を使っていたからだ。では、昔の人はなぜ「数

  • 日本史の「大雑把」08 我らの棲処はこう呼ぼう
    2022/05/10 07:31
    日本史の「大雑把」08 我らの棲処はこう呼ぼう

    地上の様子は地球を離れた空間にある人工衛星からもハッキリと観察できる 時代になって、そうした映像は時折ニュース放送などでも流されています。 昨今で言うなら、特殊軍事作戦と銘打ったロシアによるウクライナ侵攻の 報道がまさにそれで、侵攻初期において、ロシア軍戦車の隊列が道路上に 一直線に並ぶ姿が連日のように伝えられました。 そうした映像の特徴は、河・森・山・道路などの…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑭十番斬り
    2022/05/09 00:51
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑭十番斬り

     御家人達は、次第に事情を把握すると、曽我祐成、時致の兄弟に対して、相模国の住人、横山党の愛甲季隆が、飛び掛かって来た。 『曽我物語』における、最大の見せ場と…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑬工藤祐経討ち
    2022/05/07 00:05
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑬工藤祐経討ち

     曽我兄弟は、工藤祐経の屋形に入ったが、祐経と王藤内の姿はなかった。 兄弟は、一瞬、呆然とするが、祐成は、「鎌倉殿の警護のため、侍所が近い。恐らく、宿直に参上…

  • 探検518 先送り?忘却?日本国旗の制定
    2022/05/06 06:14
    探検518 先送り?忘却?日本国旗の制定

    ~白地の中央に太陽(日章)の赤丸をあしらった日章旗(日の丸)を、 いつ誰が日本の国旗と決めたのかしらん?~突然にこんな質問をぶつけられたとしたら、「日の丸弁当」の方ならともかくも、まあ大抵の方は即答できるものではありません。そこで頭の中を少々クールにした

  • 日本史の「数字」10 九尺二間裏長屋の生活風景
    2022/05/05 07:16
    日本史の「数字」10 九尺二間裏長屋の生活風景

    江戸時代における庶民生活って一体どんなふうだったのか? ドラマなどでそうした様子を描いていることも少なくはありませんが、でも なんとなく実感が伴ってこないのもまた事実です。 そう感じていたところで、とある本の中に「長屋の生活」と題した項目を 見つけてしまいました。 そういう成り行きなら、それを無視することは難しい。  そこで中身を覗いてみたのですが、のっけに紹介さ…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑫王藤内
    2022/05/02 00:08
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑫王藤内

     曽我十郎祐成は、弟の五郎時致を屋形に戻らせると、屋形巡りを装い、工藤祐経の様子を探りに行った。 しかし、幕の隙間から、覗いていると、祐経の郎党に見つかり、屋…

  • 日本史の「謎解き」33 衣服がらみの世間話
    2022/04/30 10:21
    日本史の「謎解き」33 衣服がらみの世間話

    「衣食住」という言葉があります。 人間が生命を守り生活を維持していくために欠かせないものとされる衣服と 食物と住居を指した言葉です。 その意味合いはまあ素直に認めることにしますが、ただ、ちょっと待て。  その順番だ。 これが、人間にとって重要なものの順番に並べたものだと したら、筆者的にはちょっと首を傾げたい。 だって、人間に限…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑪富士野の巻き狩り
    2022/04/30 00:04
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑪富士野の巻き狩り

     曽我兄弟は、箱根権現の別当坊を辞すると、獄七里、山七里、野七里の箱根古道を超え、伊豆の国府、三嶋に到着した。 二人は、三嶋大社に参詣して、笠懸を七番ずつ、射…

  • 探検517 敗軍薩摩はなぜ安堵されたのか
    2022/04/29 17:05
    探検517 敗軍薩摩はなぜ安堵されたのか

    「関ヶ原の戦い」(1600年)の折の出来事です。いささかの手違いがあって、心ならずも 西軍にその身を置くことにしたのが薩摩国・島津義弘(1535-1619年)でした。戦闘についての作戦もそれなりに具申しましたが、ただ西軍指揮官である石田三成(1560-1600年)はそれに賛意を

  • H.011【太平記】三十七
    2022/04/27 06:05
    H.011【太平記】三十七

     本作では、細川、吉良、桃井、仁木、今川、石塔、畠山等、数多くの足利一門が、登場するが、筆者の知っている、俳優は、一人もいなかった。 足利尊氏と足利直義の対立…

  • 日本史の「デジャヴ」29 御家滅亡劇にも偶然の一致
    2022/04/25 08:44
    日本史の「デジャヴ」29 御家滅亡劇にも偶然の一致

    それほど頻繁というわけでもありませんが、多少大袈裟な表現なら 「偶然の一致」もどきの史実を、筆者などは時として歴史の中に感じることが あります。 そこで今回は・・・えぇ、まったく行き当たりばったりで申し訳ないのですが、 歴史の中のそうした「偶然の一致」を探してみようと思った次第です。 すこぶる唐突な展開ではありますが、お話を「乙巳の変」…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑩小袖乞い
    2022/04/25 00:59
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑩小袖乞い

     曽我十郎祐成は、富士野での仇討の決意を固めると、虎御前を曽我の里に連れ帰った。 祐成は、虎御前に、遊女の身でありながら、自分の様な、「貧道」の者に対して、懸…

  • H.011【太平記】三十六
    2022/04/23 00:12
    H.011【太平記】三十六

     後醍醐天皇は、足利尊氏の出兵を追認するが、結果的に、尊氏の出兵が、建武の新政からの尊氏の離脱を招いた。 足利尊氏は、後醍醐天皇の上洛要請に従わず、後醍醐天皇…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑨狩庭の遊び
    2022/04/23 00:10
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑨狩庭の遊び

     1192年(建久三年)、源頼朝は、征夷大将軍に任じられると、その祝いとして、大規模な、狩場巡りをする旨を、諸国に触れさせた。 巻き狩りは、当時、武士達の遊興…

  • 探検516 受刑者たちの佐渡島風景
    2022/04/22 07:16
    探検516 受刑者たちの佐渡島風景

    佐渡島への配流(遠島)について、こんな記事がありました。~722年の古くから始まり、1700年に廃止されるまで、実に 979年間の長きに渡って続いた~さらには、~奈良時代から室町時代にかけて76人、江戸時代に139人の 合計215人だった~そして、~1601年のこと、この「遠

  • H.011【太平記】三十五
    2022/04/21 00:06
    H.011【太平記】三十五

     中国の春秋時代の范蠡は、越王勾践の武将として、艱難辛苦を共にし、呉を滅ぼし、勾践は、中華の覇者となった。 しかし、范蠡は、「辛苦は共に出来ても、富貴は共に出…

  • H.011【太平記】三十四
    2022/04/21 00:06
    H.011【太平記】三十四

     後醍醐天皇の側近、千種忠顕を演じるのは、本木雅弘。 忠顕は、後醍醐天皇の信頼が、厚く、隠岐配流に同行している。 武芸を好み、鎌倉幕府討伐、南北朝の動乱にて、…

  • 日本史の「ツッパリ」30 意識し合った中華と東夷
    2022/04/20 07:31
    日本史の「ツッパリ」30 意識し合った中華と東夷

    歴史の中には国家のトップに立った女性も少なからず存在しました。 大昔の日本なら、三世紀前半頃の倭の時代の女王・卑弥呼(生没年不詳)が そうでしたし、その後も大王・天皇に就いた女性は少なからずいました。 第33代とされる推古天皇(554-628年)の即位は、日本初の女性天皇の誕生、 というよりは東アジアで…

  • H.011【太平記】三十参
    2022/04/18 00:21
    H.011【太平記】三十参

     足利家の執事、高師直を演じるのは、柄本明。 足利貞氏の死後、高氏が、足利の当主になると、父の高師重から、執事の職を継承する。 架空の人物、一色右馬介は、高氏…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑧金屋川大橋
    2022/04/18 00:19
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑧金屋川大橋

     藤原仲成は、摂津源氏の源頼政の嫡子、源仲綱の乳母子と言われる。 以仁王の挙兵以前、源頼政は、伊豆守であり、仲成は、頼政と代官として、伊豆国に下っていた。 曽…

  • H.011【太平記】三十弐
    2022/04/17 05:48
    H.011【太平記】三十弐

     本作において、楠木正成を演じるのは、武田鉄矢。 戦前は、理想の忠臣として、楠木正成が、主人公の映画は、十一本制作されているが、戦後は、1958年の一本のみ、…

  • H.011【太平記】三十壱
    2022/04/16 00:13
    H.011【太平記】三十壱

     後二条天皇の次には、持明院統の花園天皇が、即位し、その次に即位したのが、大覚寺統の後醍醐天皇であった。 後醍醐天皇は、後二条天皇の弟で、大覚寺統の嫡流ではな…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑦筥王の元服
    2022/04/16 00:05
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑦筥王の元服

     曽我十郎祐成は、僧侶の修行を捨て、箱根山を抜け出した、弟の筥王を連れ、北条時政館を訪れた。 そして、時政は、烏帽子親となり、筥王を元服させると、自分の名前の…

  • 日本史の「誤算」17 将軍稼業は本日も多忙
    2022/04/15 06:31
    日本史の「誤算」17 将軍稼業は本日も多忙

    江戸時代のあれこれを紹介した本にひょいと出会って、何気にそれを 眺めていたところ、「将軍の一日」というページに行き当たりました。 筆者はこれまで一度たりとも「将軍生活」というものを経験したことが ありませんでしたから興味津々です。 首を突っ込んでみると、ご丁寧にも将軍生活のイラスト入り日課時間割も 添えられています。 しかも、その時間割も親切なことに当時用いられて…

  • 探検515 八丈島配流が心境に影響を
    2022/04/15 06:28
    探検515 八丈島配流が心境に影響を

    苦労の末に奪取した自らの権力を、わが子・秀頼に継承させるべく心を砕いた晩年の豊臣秀吉(1537-1598年)は、政権運営の一端を配下の有力武将、いわゆる「五大老」に輔弼させる形を取りました。徳川家康・前田利家・毛利輝元らに混じって、五大老には、秀吉に可愛がられてそ

  • 4月7日 戦艦大和轟沈 
    2022/04/11 18:21
    4月7日 戦艦大和轟沈 

    1945年(昭和20年)4月7日、 日本海軍が世界に誇った巨大戦艦の大和 が米機動部隊の戦闘機の集中攻撃を浴び 撃沈されました。 4月7日 午後2時23分、沖縄への片道の燃料を積んだだけの海上特攻に向かっていた 戦艦大和は目的地・沖縄本島に到着する前に米軍機の攻撃を浴び沈没します。 (世界最大級の戦艦大和) 大和は世界一の46センチ砲を装備した最新鋭艦でした。 大和の建造が計画された当時は、破壊力を持つ砲弾を遠くまで飛ばす大戦艦が、各国海軍の艦隊での重要事項でした。そのため46センチ砲を整備していました。 しかし、大和が完成する頃には、海戦の主役は戦艦から航空機に代わっていきました。 そう、大…

  • 清盛の大邸宅があり、のちに六波羅探題も置かれた六波羅密寺
    2022/04/11 18:21
    清盛の大邸宅があり、のちに六波羅探題も置かれた六波羅密寺

    京都市東山区轆轤町にある真言宗智山派の寺院・六波羅密寺。 踊りながら念仏を唱える「踊り念仏」の市聖空也(いちひじりくうや)が、平安時代 中期の951年に造立したという「十一面観音」を本尊とする道場に由来していて、当初は「西光寺」と呼ばれていました。 この辺りは、鳥辺野という葬送地だったそうです。火葬や土葬もせず、死体を投げて 放置するだけで、鴨川の河原が死体で溢れている時代もあったそうです。 そういうことから京都の公家や貴族は、この周辺に住もうとすることがなかったといいます。 平安末期、貴族より身分が低い武士の平家=平清盛の祖父・正盛が六波羅蜜寺付近に 邸宅を構え、六波羅と平家との付き合いが始…

  • 2022年(令和4年)4月9日 巌流島の戦いから410年目の今年・佐々木小次郎を慰霊する船島祭に参列
    2022/04/11 18:21
    2022年(令和4年)4月9日 巌流島の戦いから410年目の今年・佐々木小次郎を慰霊する船島祭に参列

    宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島の戦いから410年となった 2022年(令和4年)4月9日の午前10時、戦いに敗れた佐々木小次郎の慰霊祭=船島祭が 巌流島に近い山口県下関市にある彦島八幡宮で行われたので、参列してきました。 (船島祭は彦島八幡宮瑞鳳殿で開催) こちらが会場内です。 参加者は、総勢25名ほどでしたが、衆議院議員、参議院銀、下関市長代行、自治連合 会長などそうそうたるメンバー。この中に、一般参加のおっさん・・・凄く違和感を 感じました。 こちらが正面の祭壇です。 今回は10時開始、式の流れは以下の通り。 午前10時、式は開始。 (演舞奉納) 式では3種類の演武が奉納されました…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑥筥王の元服
    2022/04/11 00:32
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑥筥王の元服

     筥王は、箱根山の箱根権現において、三年間、僧侶になるための修行に励んだ。 しかし、1187年(文治三年)、源頼朝が、ニ所詣のために、多数の御家人を引き連れて…

  • 日本史の「言葉」34 なんで源氏と平家なの
    2022/04/10 07:09
    日本史の「言葉」34 なんで源氏と平家なの

    ごく一般的に使われている歴史用語の中にもなんとはなしに違和感が伴う 言葉もあって、筆者の場合ならその一つが「賜姓皇族」です。  ちょっと面倒な気がしないでもありませんが、折角ですからその説明も拾って おきましょう。 ~皇族がその身分を離れ、姓を与えられ臣下の籍に降りることを「臣籍降下  (賜姓降下)」…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑤曾我兄弟
    2022/04/09 00:12
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」⑤曾我兄弟

     河津祐通の長男の一万及び、次男の筥王は、母の連れ子として、曾我祐信の許に赴き、養育された。 『曾我物語』では、九歳の一万及び、七歳の筥王が、九月十三夜の名月…

  • 探検514 百姓ってドナタのこと?
    2022/04/08 08:52
    探検514 百姓ってドナタのこと?

    「士農工商」とは、元々は中国・儒教が生んだ身分概念ですが、日本の学校教育などでは、これを江戸時代における身分序列であり、「四民」を偉い順に並べたものだと教える向きもありました。しかし、実際には儒教の概念を超えるものではなく、身分序列というほどに厳密で窮屈

  • 第2章 昭和後期  4 学歴差別(4) 夏目漱石
    2022/04/05 07:23
    第2章 昭和後期  4 学歴差別(4) 夏目漱石

    ~聞きもしないのに 「おかげさまでS大に合格」~ 僕が高校2年生の時だったでしょうか。全校集会の話はほとんど忘れているのに、数少なく覚えている一言があります。 「おかげさまでS大に合格しましたけれども・・・」  S大学というのはいわゆる受験の難関校の一つです。当時の同級生や同学年の生徒の中で、ここに合格できる学力のありそうな人は極めて少数でした。 もちろん、僕も問題外でした。話をしていたのは田辺さ...

  • 日本史の「例外」08 謎めいたケが付く歴史の地
    2022/04/05 07:00
    日本史の「例外」08 謎めいたケが付く歴史の地

    天下平定を目前にした織田信長(1534-1582年)が家臣・明智光秀(1528?- 1582年)の謀反に倒れた後の天下を掌握したのは、これまた信長の家臣で あった羽柴秀吉(豊臣/1537-1598年)でした。 そして、さらにその秀吉が死を迎えたことによって、その後の豊臣政権には 大きなヒ…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」④曾我祐信
    2022/04/04 00:11
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」④曾我祐信

     河津祐通には、三人の息子がいた。十郎、五郎、御房殿である。 三男の御房殿は、祐通の存命中、生まれておらず、祐通が、死去した、五日後に生まれた、御房殿は、伊東…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」③河津祐通
    2022/04/02 00:11
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」③河津祐通

     工藤祐経は、伊東祐親の娘、万劫御前を妻としていたが、祐経と祐親の関係悪化に伴い、万劫御前を祐経と離縁させ、土肥実平と再婚させてしまった。 祐親に所領を横領さ…

  • 探検513 冤罪疑惑?家康側の証人
    2022/04/01 07:25
    探検513 冤罪疑惑?家康側の証人

    織田信長(1534-1582年)から偏諱の「信」の字を、また下の字「康」を父・徳川家康(1543-1616年)から与えられたのが、後に「切腹」に追い込まれることになる家康嫡男・松平信康(1559-1579年/生前は徳川姓)でした。通説によれば、その「切腹」の発端は信康正室・徳姫が父

  • H.011【太平記】三十
    2022/03/31 00:11
    H.011【太平記】三十

     藤夜叉は、足利高氏の庶子、不知哉丸、後の足利直冬を産む。 足利高氏の庶長子は、竹若丸と言われるが、本作では、一切、登場しない。 史実では、足利直冬の母は、越…

  • H.011【太平記】二十九
    2022/03/31 00:11
    H.011【太平記】二十九

     長崎高資は、父と異なり、短慮なため、鎌倉幕府の御家人達の反感を買う。 また、奥州安藤氏の内紛の際には、当事者の双方から、賄賂を受け取ったため、紛争を劇化させ…

  • 日本史の「微妙」10 正も閏もある万世一系
    2022/03/30 11:22
    日本史の「微妙」10 正も閏もある万世一系

    高天原の天照大神はこんな内容の「天壌無窮の神勅」を与え、孫のニニギを 地上の世界へと送り出し(いわゆる「天孫降臨」)ました。 ~いいこと、ニニギちゃん。 この国は我が子孫が王たるべき国なのよ。  さあ今から出発して、しっかりと治めなさいネ。  そうすることで皇位は天地と共に永遠に栄えるのよ。~ そしてこの折、天照大神がニニギに授…

  • 3月12日 尼港事件の発端が起きる
    2022/03/28 17:17
    3月12日 尼港事件の発端が起きる

    まずは、尼港事件で犠牲者となられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。 シベリア出兵中の1920年(大正9年)3月12日、 ロシア極東部、ハバロフスク地方にあるニコライエフスク=尼港で日本人捕虜などが殺害される事件= 尼港事件の発端がおきます。 (尼港市に日本軍が駐留したわけ) ニコライエフスクは、ロシア極東部、ハバロフスク地方のオホーツク海河口にある都市でロシアの太平洋側、樺太の北端に近い場所です。昔はここを尼港(にこう)と呼んでいました。 事件当時、ロシアの地だったここ尼港には1万7千人あまりが住んでいました。 そのうち日本人は日本陸軍の二個歩兵中隊の約260名と、その家族の婦女子440名の…

  • 3月13日 新撰組結成される
    2022/03/28 17:17
    3月13日 新撰組結成される

    幕末の1863年、3月13日、 京都の治安維持を担当する新撰組が結成されました。 1862年に結成された浪士組のうち京都に残留した芹沢鴨(36才)ら13名が京都守護職の松平容保の監督下に入り、新たに新撰組を結成しました。 新撰組は、将軍の護衛、京都の治安維持、さらには討幕派への武力行為も行いました。 (浪士組から新撰組へ) 元々は1862年に庄内の浪人・清河八郎が浪人懐柔のための組織作りを江戸幕府に建議します。それを福井藩主・松平慶永や土佐藩主・山内豊信が尽力し清河八郎・山岡鉄太郎らが中心となり実現しました。 2月23日京都壬生村新徳寺に駐留していた浪士組は幕府の解散命令を受け江戸へと戻ります…

  • 鎌倉殿の13人 第10話「根拠なき自信」
    2022/03/28 17:17
    鎌倉殿の13人 第10話「根拠なき自信」

    大河ドラマ鎌倉殿の13人 第10話「根拠なき自信」のストーリーを見ていきましょう!!関東の平均視聴率(世帯)は13.6%と依然好調です。 (第10話「根拠なき自信」ストーリー) 平家の追討軍を見事に退けた源頼朝。これを聞いた後白河法皇は悦び、一方平家の 総帥・清盛は苦々しく思います。 (藤原秀衡のしたたかさ) 頼朝の異母弟・義経は、奥州平泉の覇者・藤原秀衡のもとで6年過ごしていたことから秀衡とのつながりを重視し、3千の援軍を送るよう文を送ります。 そのことを知り頼朝は「心強い」と言い義経を誉めます。 しかし、藤原秀衡は、清盛が出した頼朝追討の文にも協力すると伝えて源氏平氏双方にいい顔をしている…

  • 3月24日 帝都復興祭始まる
    2022/03/28 17:17
    3月24日 帝都復興祭始まる

    1930年(昭和5年)、 関東大震災から7年目の3月24日、 関東大震災で壊滅的打撃を受けた首都東京の復興を祝う 「帝都復興祭」が開催されました。 (今回の写真に関して) 今回の記載に関しては、国立国会図書館ウエッブサイトから、東京市が1932年(昭和7年)に発行した「帝都復興祭志」の写真を引用させて頂きます。 【引用先:国立国会図書館ウエッブサイト帝都復興祭志 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)】 なおこの書籍は公開範囲が「インターネット公開(保護期間満了)」となっていて著作権の保護期間は終了しております。 (関東大震災で東京の大半が崩壊) 1923年(大正12年…

  • 3月26日 硫黄島守備隊の組織的戦闘が終結
    2022/03/28 17:17
    3月26日 硫黄島守備隊の組織的戦闘が終結

    終戦の年の1945年(昭和20年)3月26日、 太平洋に浮かぶ硫黄島守備隊の組織的戦闘が終結します。 硫黄島は東京都の島で、都心からは約1200km離れた島。直径は北東から南西にかけて8km未満、幅は北部で4km、南部で800mという小さな島です。最高点は島の南部にある標高169mの摺鉢山でした。活火山があり、島の表面が硫黄の堆積物で覆われていることから「硫黄島」と名付けられました。 (玉砕1か月前の硫黄島の映像) 1945年(昭和20年)2月16日の硫黄島で米軍を迎え撃つ様子を紹介している映像がありました。 下をクリックして御覧下さい。 【玉砕1か月前の硫黄島の様子を紹介した日本ニュース】 …

  • 鎌倉殿の13人 第11話「許されざる嘘」
    2022/03/28 17:17
    鎌倉殿の13人 第11話「許されざる嘘」

    (鎌倉殿の13人 第11話「許されざる嘘」) 大河ドラマ鎌倉殿の13人 第11話「許されざる嘘」、関東の平均視聴率(世帯)は13.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と依然好調です。 着々と基盤を築く鎌倉幕府。頼朝の異母兄弟たちの人間模様、そして今回もオープニングテーマの登場人物紹介でその名前が登場しただけで、皆を一瞬に憂鬱にさせた 「アサシン善児」が静かに不気味に「仕事」をします・・ では、ストーリーを見てみましょう。 (義時・八重に瞬殺!) この大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公は北条義時です。 その義時が大好きなのが頼朝の元妻の八重。ちなみに八重は、義時の叔母にあたります。 義時に八重…

  • 3月27日 旅順港閉塞で広瀬武夫戦死す!日本初の軍神・広瀬武夫
    2022/03/28 17:17
    3月27日 旅順港閉塞で広瀬武夫戦死す!日本初の軍神・広瀬武夫

    出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/) 1904年(明治37年)日露戦争中の3月27日、 旅順閉鎖作戦に参加していた 広瀬武夫海軍少佐が戦死します。 そして広瀬は日本初の軍神となります 日露開戦後、世界最強と謳われたロシアのバルチック艦隊と旅順にいる太平洋艦隊(旅順艦隊)が合流した場合には、日本側が圧倒的に不利となると判断していました。 そのため、旅順艦隊を旅順港に閉じ込めて合流できなくする旅順港閉塞作戦が立案されます。 そして旅順港の入り口を中心に汽船を沈め、旅順港に停泊するロシアの旅順艦隊を出撃させないように旅順港閉塞作…

  • 藤子不二雄の漫画「少年時代」はお勧めです
    2022/03/28 17:17
    藤子不二雄の漫画「少年時代」はお勧めです

    作家・柏原兵三が書いた小説「長い道」をもとに、藤子不二雄が実際に戦争中に疎開した富山県朝日町山崎を舞台に漫画化した作品です。 (戻ってきたこの長い道に・・) 物語は、1978年(昭和53年)夏に上野から電車、タクシーを乗り継ぎ富山に着き、「ぼくはとうとうもどってきたのだ。この長い道に!!」と言うシーンからはじまります。 1944年(昭和19年)夏、東京で副級長をしていた中学生のシンイチが、太平洋戦争が激化し空襲も激しくなることから富山の田舎に疎開します。 そして田舎を支配している級長でガキ大将で成績も優秀なタケシと出会います。そのほか閉鎖的な田舎の社会に戸惑いながら疎開生活を続けていきます。 …

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」②伊東家の内紛
    2022/03/28 00:23
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」②伊東家の内紛

     源頼朝は、平治の乱後、十四歳の時、伊豆国に流罪となったが、流人時代の二十年間の頼朝の動向を記した、書物は、少ない。 『曾我物語』は、流人時代の頼朝が、登場す…

  • 【武都】章『天下草創』編「曾我物語」①日本史上における曾我物語
    2022/03/26 00:05
    【武都】章『天下草創』編「曾我物語」①日本史上における曾我物語

     日本の中世、「武家社会」には、「仇討」の習慣があった。 「仇討」は、無論、父母兄弟を殺害された、被害者が、加害者を殺害して、復讐を果たすことを意味する。 日…

  • 日本史の「事始め」27 伝統外れにはワケがある
    2022/03/25 07:35
    日本史の「事始め」27 伝統外れにはワケがある

    21世紀の現代日本でも、たとえば生年月日を表す場合などには「元号」を 用いる機会があります。 えぇ、昭和、平成、令和といった、その元号のことです。 でも、そもそも「元号」って一体なに? 普段それについてあまり考えることはありませんから、やや不意打ち気味の 問いかけになりますが、それでも木で鼻をくくったような返答なら、 このくらいの…

  • 探検512 西洋人を南蛮人と呼んだワケ
    2022/03/25 07:34
    探検512 西洋人を南蛮人と呼んだワケ

    ~宇宙の中心である中国王朝の文化・思想のみが最高のもので あり、それを持たない周辺(辺境)の異民族は単なる野蛮人に 過ぎない~こうした思想を「中華思想」と呼びますが、これがハンパなものでないことは、東西南北四周の異民族の総てに対して、野蛮人を意味する東夷

  • H.011【太平記】二十八
    2022/03/24 00:21
    H.011【太平記】二十八

     北条得宗家の先代の内管領、長崎円喜を演じるのは、 フランキー堺。 内管領とは、北条得宗家の御内人の筆頭、執事である。 内管領は、鎌倉幕府の制度としては、一御…

  • H.011【太平記】二十七
    2022/03/24 00:20
    H.011【太平記】二十七

     北条義時の四男、北条実泰は、伊賀の方を母とする、北条政村の同母弟である。 北条実泰は、武蔵国久良岐郡六浦庄金沢郷を与えられるが、二十七歳で、出家する。 実泰…

  • 【武都】章『天下草創』編「大将軍」⑪鎌倉殿と征夷大将軍
    2022/03/21 00:42
    【武都】章『天下草創』編「大将軍」⑪鎌倉殿と征夷大将軍

     前述の通り、源頼朝は、1184年(元暦元年)、公文所を設置した。 その後、「公文所」は、「政所」に改称される。 公文所は、荘園の公文書管理・指揮・命令・政務…

  • 出雲の知られざる神社仏閣・安来から松江市宍道町へ
    2022/03/20 19:08
    出雲の知られざる神社仏閣・安来から松江市宍道町へ

    神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します                              A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples

  • 日本史の「付録」18 江戸期旅人サンの手荷物
    2022/03/20 08:39
    日本史の「付録」18 江戸期旅人サンの手荷物

    旅行に出かけようとしたとき、それが現代人の場合なら現金なりカードなりの 金銭的な裏付けになるものを備えていれば、基本的にはまあそんなに困ることは ないはずです。 何かを必要としたときでも、これがあれば近くのなお店に飛び込むことで、 まあ大抵の物は手に入れることができるからです。 たとえば、ノドの渇きや空腹が襲ったとき、あるいは思いかけず体調不良に 陥った時などでも…

  • 【武都】章『天下草創』編「大将軍」⑩右近衛大将
    2022/03/19 00:10
    【武都】章『天下草創』編「大将軍」⑩右近衛大将

     本書の「武都」の章の「天下草創」編は、「鎌倉」の章と時期は、重なっている。 筆者の意図としては、「鎌倉」の章が、源義仲、平家追討、頼朝と義経の対立と義経の死…

  • 探検511 屈辱の叱責から技術立国へ
    2022/03/18 07:49
    探検511 屈辱の叱責から技術立国へ

    いわゆる「黒船来航」(1853年)より半世紀ほど前のこと、鎖国体制にあった日本の長崎港にイギリス軍艦が突如侵入するという事件がありました。軍艦の名から「フェートン号事件」(1808年)と呼ばれています。イギリス軍艦であるにもかかわらず、「オランダ国旗」を掲げて堂

  • H.011【太平記】二十六
    2022/03/17 00:08
    H.011【太平記】二十六

     北条重時の子孫、極楽寺流北条氏は、長男の為時の苅田流、次男の長時の赤橋流、三男の時茂の常盤流、四男の業時の普恩寺流、五男の義政の塩田流、六男の忠時の坂田流の…

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